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エッセイ

AIDにおける告知の重要性

 

<要旨>

AIDは告知を含む様々な問題を引き起こす。告知をした方がいいという意見には、米国において告知によって親との関係に中立から少し良い影響があったという文献や、英国の早期に告知を受けたZannahさんという女性の親に対する前向きな気持ちから分かる。一方、告知をしない方がいいという意見には、子供や配偶者への配慮の気持ちが強かった。子供を尊ぶ告知に向けて、重要であるのは、告知の重要性に対する理解、告知のタイミング、そして方法である。告知はなるべく早い時期(子供がまだ小さい時)に、子供を作りたかったという真実と父親の精子が足りなかったという事実を合わせて伝えることが重要であると考えられる。

 

<はじめに>

 

AIDとは、第三者の精子提供による人工授精のことである。

人工授精は、生殖補助医療の中でも、男性側に不妊原因がある場合の技術である。体外に取り出した精子を、女性の排卵に合わせて注入器を用いて子宮の奥深くに入れる。人工授精には二種類ある。夫の精子を用いる場合は配偶者間人工授精(AIH Artificial Insemination with Husband’s Semen)、夫以外の第三者の精子を用いる場合は非配偶者間人工授精(AID Artificial Insemination with Donor’s Semen)と呼び、後者は告知を含む、様々な問題を引き起こす(1)

日本では、夫婦間のAIDのみが認められているが、このことには法律上の親子関係の発生における母親と父親の違いが関係していると考えられる。民法では母子の場合は、出産の事実から血縁が明らかになるので、法律上の親子関係も分娩の事実により発生するとされる。一方父子の場合は、妻が婚姻中に懐胎した子については、夫の子と推定し、そうでない子については、父が認知することによって法律上の親子関係を認めるとされている(2)。したがって、日本ではAIDに関する特別な法律はないが、AIDによって生まれた子供を夫婦間の子供とすることは、こうした民法の父子の認定の仕組みにも反しない。

また、AIDは他の第三者の関わる生殖補助技術に比し、第三者の体などにかかる負担やリスクが小さいことも、日本においてAIDのみが認められている一つの要因であると考えられる。

 本研究の目的はAIDにおける告知を調べ、そのあるべき姿を探求することにより、AID家族が協調的に生きられるようにサポートすることである。

 

<調査結果>

カップルの変化

 世界的には家族の多様化が認められてきたことがAIDという技術の発達の背景にあると考えられる。この技術により不妊のカップルのみならずレズビアンや独身女性等も子供を持つことが可能となった。つまり、従来は子供を持てないような人達が子供を持てるようになったのである。

 独身女性やレズビアン・カップルである方が異性のカップルよりも子供に告知をしやすく、独身女性やレズビアン・カップルの子供の方が異性のカップルの子供よりもドナーの存在についてより知りたがる傾向にある。男性の親がいるか否かがこの違いに大きく関わっている。異性のカップルの方が、父親がいないことを説明する必要がなく、また男性不妊について話題にすることの困難さにより告知をしにくい状況にある(3)

 

日本および世界の現状

 日本においては1949年に初めてAIDが実施されて以来、長期にわたって規制法が存在せず既成事実が積み重ねられ、1万人以上の子供が誕生しているといわれている。

 19975月に日本産科婦人科学会により発表された会告によれば、AIDは妊娠成立の見込みがなく、かつ挙児を希望する法的に婚姻している夫婦を対象とし、認められた。この際、精子提供者のプライバシー保護のため提供者は匿名とするが、実施医師は提供者の記録を保存するものとした(4)

 次に他国の実情についてだが、第一に宗教が大きな影響を与えるカトリック教会の強いイタリアやオーストリアなどでは、第三者配偶子を用いる治療は法律で禁止されている。イスラム教を信望する多くの国々においても、イランなどの一部の国を除いて、第三者配偶子を用いる治療を受けることは基本的にできない。これは、中絶と同様に清明の誕生に人工の力が加わり、その生命の死や第三者が関わることによる混乱が宗教の観点から認められていないためと考えられる。

 それ以外は、英仏などの多くのヨーロッパ諸国では、配偶子提供者の範囲についての制限、提供者への報酬支払を認めないなど一定の条件のもとに、第三者配偶子を用いる生殖医療を可能としている。スウェーデンなどでも、法改正により、治療が可能となった。また、韓国、台湾、シンガポールなどのアジア諸国は、いずれもヨーロッパ諸国と同様に、配偶子の無償提供など一定の条件のもとに、第三者配偶子を用いる生殖医療を可能としている。

 例外として、米国には、第三者配偶子提供に関連する連邦法はなく、また卵子提供者に対して報酬の支払いが一般的に行われている(5)

 このような国による違いもあり、AIDの告知の程度も国家間に相当な違いがある。英国では5%、スペインでは4%と告知する率はヨーロッパでは低いのに対し、米国では2030%と高い。これは、ヨーロッパ諸国ではAIDが親になるための広く受け入れられた方法ではないということを示唆している。また、米国やニュージーランドなどの国に比べて、精子提供者の情報が相対的に少ししか手に入らないことも影響していると考えられる。米国では一般的に匿名の提供者と身元開示提供者の両方の情報がより多く手に入り、AIDプログラムにおけるカウンセリングもより告知の重要性に向けられているのである。なぜ、そしてどのようにして告知するべきかを知っていることは、精子提供者について子供の質問に答えるための情報があるということと共に親が告知をすることを助けるようである(6)

 一方、日本においては積極的な告知はほとんど行われていない。これには、我が国独特の「沈黙は金」の文化や社会的に告知が受け入れられていないことが関与していることが考えられる。

 

立場によって意見が違う

 まず、AIDによって生まれた子供の立場からの意見について述べる。2010320日に行われた第三者の関わる生殖技術について考える会立ち上げ集会に参加した。そこでは、実際にAIDによって生まれた当事者の声を聴くことができた。二名の当事者がいたので、それぞれAさん、Bさんとする。

 AさんのAIDで生まれた当事者として感じている問題は、告知の時期が遅く、親の積極的告知でなかったことから二重のショックを感じたこと、親がこの技術を肯定できていないため悲しいこと、悩むと親も悩んでしまうことであった。

 また、Bさんは親に似ていないことに気づき、自分はここにいていいのかなと感じたと言っていた。告知を受けた時はショックというより納得した。自分の根っこにあるものの上で自分の人生を積み重ねてきたのに、その根っこがくつがえされたと述べていた。また出自を知る権利が保証されていないために、提供者を知ることができない、意図しない近親婚の可能性、家族歴が分からない、孤立してしまう、相談できる場所がない、などの問題を挙げていた。

 当事者のAさん、BさんはともにAIDという技術には反対であった。それは告知以前に、告知の時に、告知後に、様々な葛藤や苦しみを経験したからであると考えられる。出自を知る権利については、二人ともAIDで生まれてきた以上、提供者を当然知りたいという意見であった。

 次にAIDを利用した親の立場からは、2002年に久慈の行った「精子提供により子供を得た日本人夫婦の告知に対する意見」という名の調査では、回答者のほとんどがAID治療を受けて良かったと感じていた。また、AIDによって子供を得た親の大多数は積極的な告知の意志を持たなかった(7)

 一般人の意見としては、20034月、厚生労働省の出した「生殖補助医療技術に対する国民の意識に関する研究」では、「第三者の胚移植」「代理母」以外の技術について肯定が否定の二倍ほどであったが、利用はためらう人が多かった。「出自を知る権利」については「親にまかせるべき」が多かった。

 医師の意見は、1999年の意調査では、AIDについて「認めて良い」「条件付きで認めて良い」を合わせて日産婦登録医療機関の産婦人科医で74%、その他の産婦人科医で55%、小児科医で44%であった。つまり、概ね産婦人科医はAIDという技術に賛成であるが、小児科医はAIDに反対である。これは産婦人科医は親の立場をどちらかというと支持するのに

対し、小児科医は子供の立場を支持するためと考えられる。

 

告知をした方がいいという意見

 2004年のアメリカの調査では、29人の12-17歳の異なる家族形態(独身女性、レズビアン、異性のカップルによってそれぞれ率いられた家族)AIDによって生まれた子供を対象にアンケート調査を行っている。彼らは平均6-7歳でAIDについて告知を受けていて、告知を受けたことによる親子関係への影響を調べた。

 リケートレート式(1=とても悪い影響、2=少し悪い影響、3=中立の影響(良いとも悪いとも言えない)4=少し良い影響、5=とても良い影響)で評価してもらったところ、全体として、子供の生みの母親に対する気持ちは、中立から少し良い影響があったという結果が出た(3.5±0.9、幅は2-51人以外は少なくとも中立以上と答えていた。異性のカップルの子供では、育ての父親に対しては中立の影響があったという結果が出た(3.2±0.6、幅は2-51人以外は少なくとも中立以上と答えていた)

 また、親に対する調査でも、ほとんど全ての親は子供にAIDであったことを早い時期に話しており、中立から少し良い影響があったと報告している。

 この結果から、子供が告知を早い時期にしてもらうと、親子関係にそれほど悪い影響を生じないと考えられる。

 また、イギリスの民間AID家族ネットワークであるDCNのホームページで、実際にAIDにより生まれた女性Zannahの考え方を記載している(8)

 Zannah自身もかなり早い時期に告知を受けたことから、両親に対して感謝しており、「家族がAIDの問題をオープンにすることと、両親がその判断を恥と思わないことが重要。」と強調している。また、「家族を作る為にAIDを利用したのにそれに伴う告知の責任を果たせない臆病な親を持つ子供のことをかわいそうに思う。」とも主張している。

 Zannahは自分や親のことを誇りに思い、AIDという技術を肯定しているのに対し、先程の日本人の二人(Aさん、Bさん)AIDのことで悩んでしまい、親やAIDに対しネガティブな感情を抱いている。この違いが生じる原因としては、もちろん家庭の違いや本人の性格の違いなどもあるかもしれないが、最も重要なのは、親がAIDという技術を肯定できているかということと、親がいつどのように告知をしたかということであると考えられる。具体的には、Zannahの親は、AIDという技術を肯定し、Zannahの発達段階の早期に積極的に告知をしたのに対し、Aさん、Bさんの親はAIDという技術を引け目に感じ、Aさん、Bさんが成人してからやむを得ず告知をしているのが、ZannahさんとAさんやBさんの態度の違いに反映されていると考えられる。

 

告知をしない方がいいという意見

 日本で行われた研究では、AIDにより子供を得た夫婦を対象とし、回答を得た夫と妻の平均年齢はそれぞれ40.2歳、36.9歳、出生児の平均年齢が4.2歳であった。告知について夫婦とも75%以上が一般的意見として「絶対に話さない方が良い」という意見であり、その理由は「家族を守っている男性が本当の父親だと思う」が最も多く、他にも「遺伝的な父親でないことがわかると家族関係が悪くなると思う」「AIDの事実を知っても子供は精子提供者を探すことができないなど、話すとかえって子供がかわいそうだと思う」などの意見があった。

 また、都内の高校2, 3年の女子438名に対して行われた調査では、「もし自分がAID児の親となったとしたら子供に事実を伝えるか」という質問に対し60%が「伝える」と答えたが、「伝えない」理由としては、「伝えない方が親子お互いに幸せだと思う」「伝えた後で、子供との関係がどうなるかが不安」などの意見が多かった(9)

 つまり、告知できない理由として、家族関係が悪くなることへの恐怖、子供や配偶者への配慮などが挙げられると思う。これらは確かに重要な問題である。

 

<まとめ>

子供を尊ぶ告知に向けて

 大切であるのは、AID親となる前の段階での告知の重要性に対する理解、告知のタイミング、そして方法である。

 まず、AIDを考える親はその技術の思考の前に告知についての十分なカウンセリングと教育を受けることが必要である。たとえば、アメリカの調査からわかるように、子供が小さい頃に話しておけば家族関係が悪くなることはほとんどない。それを知っていて、それでも告知ができない親が日本には多い。それは日本人が他人に配慮する特性を強く持っているためと考えられる。悪いことではないのだが、子供が成長してから告知をされた時のあるいは偶然知ってしまった時の先述の「二重の」ショックを考えると、告知をしてあげて互いに楽になるための配慮というものも必要ではないかと考えられる。このような告知の重要性については、医療者は十分理解をし、それを親に、親がAIDにより子供を授かる前、そして授かった後も十分に伝えていかなければならない。

 タイミングは基本的にはできるだけ小さい年齢から告知する方が、子供は素直に受け止めやすく、それによって傷つくこともない。可能であれば、親子関係が最も難しい思春期や混乱と怒りが大きくなる成人に達してからの告知は避けたいものである。

 方法については、告知には「事実」と「真実」があり、大事なのは「真実」をより強調することだと考えられる。「事実」は「悲しいことにお父さんの精子が足りなかった。そこで『ドナー』に精子を分けてもらった。」ということである。「真実」とは「お前が産まれた時は月まで飛び上がるぐらい嬉しかった。それからずっとお前を愛してきたし、これからもずっと愛しているよ。」ということなのである。そのようなあたたかい言葉を忘れないことが重要である(10)

 最後に、そのような親に対して、医師としては、告知を勧めるが、強制はしない方がいいことに言及する。親が高度な配慮により子供に告知をできないでいるのが日本の現状であることは先述した通りである。そこで、医師により無理に告知をさせられても、良い告知ができるかどうかは分からないし、子供にはそれが積極的な告知でないことが伝わってしまう可能性があると考えられる。良い告知とは、先ほど述べたように親から積極的に「あなたが産まれてきて良かった」という真実と合わせて「AIDという技術を使わざるを得なかった」という事実を子供に発育の早期の段階の段階に打ち明けることである。このような告知が増えることによる親子関係の改善例が今後の日本にも増加することを期待するが、現在の日本の告知の制度を無理に変える必要はないとも考えている。

 

告知と出自を知る権利

 日本では、提供者に関する情報は実施医師が保存するものの、提供者のプライバシーの保護の観点から、提供者は匿名とすることとなっている。匿名としなければ、提供者が減り、AIDを利用して子供を作りたいというカップルがこれを利用できなくなるということも、匿名性の一つの理由として考えられる(11)

 告知と出自を知る権利の間には、密接な関係がある。告知をされれば、告知を受けた子供は自分の出自について知りたがることが多い。しかし、その出自を知る権利が保証されていないからといって、告知をしない方が良いかというとそうとは考えにくい。たとえ遺伝上の親を知ることができないとしても、告知をするべきだと思う。なぜなら、重大な秘密を抱えながら良い親子関係を築くことは難しいと考えるからである。

 仮に出自を知ることができ、子供が二人の父親(遺伝上の父と育ての父)を持つことになったとすると様々な混乱を招く恐れがある。従って、出自を知る権利については、とても複雑な問題であるため、慎重に議論されるべきだと思う。本論文は、本来切り離せないはずの「告知」と「出自を知る権利」の問題を、時間と論文の長さの都合上、「告知」に重点を置いて考察しているが、今後両者を合わせて考察する研究も必要となるであろう。

 

今後の課題

 日本では、AIDによって生まれ、積極的な告知を受けず、偶然AIDの事実を知った子供はAIDという技術に反対であるのに対し、AIDを利用した親はAIDという技術に賛成であることがわかる。このようなすれ違いが生じることは、立場の違いもあるが、親子間のコミュニケーションの不足も問題であると考えられる。

 親は、子供が告知を受けた時に、子供がショックを受けたり、傷ついたりしてしまうことを恐れてなかなか告知ができず、告知をするタイミングが遅れる。子供は、自分の出自についての事実を知らされるのが遅かったこと、親が隠し事をしていたことに怒りを感じる。つまり、親の配慮がかえって子供を傷つけてしまうことがある。

 そこで、重要なことは、まず告知をなるべく早い時期、つまり子供がまだ幼い時に、真実と事実を合わせて伝えることである。医師としては、親に告知を強制はしないが、あらかじめ告知の重要性について十分に知らせておく必要がある。

 親がこのような子供を尊ぶような告知をするための努力をすることによって、子供の態度や反応も違ってくるのではないかと思う。AIDで生まれたことに対して否定的ではなくむしろそこまでして親は自分を生んでくれたのだと肯定的な気持ちでとらえ、親に感謝できるようになるのではないだろうか。

 今後、小児科医は子供のサポートを、産婦人科医、特に不妊治療医やカウンセラーは、親のサポートを中心に、できれば相互に連携を取ってより良い医療を提供していく必要がある。また、世界各国のAIDに関する法律や制度に注目し、我が国の特徴にあったガイドラインを考えていくという課題が残っている。

 結論として、AIDにおいて、告知はなるべく早期に、子供がほしかったという真実と父親の精子が足りなかったという事実の両方を合わせて伝えることが重要だといえる。告知の重要性については、AIDを利用する親は子供が生まれる前後に十分なカウンセリングを受ける必要があると考えられる。しかし、告知は強制するものではなく、最終的には親の判断に任せるべきものだと考える。

 

参考文献

1『どう考える?生殖医療』 小笠原信之 緑風出版, 2005

2 『家族と法』 二宮周平 岩波書店, 2007

3  “Adolescents with open-identity sperm donors: reports from 12-17 year olds” J.E. Scheib, M Riordan and S. Rubin, 2004

4「『非配偶者間人工授精と精子提供』に関する見解」 社団法人 日本産科婦人科学会, 1997

5「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」 日本生殖医学会倫理委員会, 2009

6 “Choosing identity-release sperm donors: the parents’ perspective 13-18 years later” J.E. Scheib, M Riordan and S. Rubin, 2003

7 平成14年度厚生労働科学研究費補助金研究報告書 「配偶子・胚提供を含む統合的生殖補助技術のシステム構築に関する研究」 配偶子提供と出自を知る権利に関する調査研究。精子提供により子供を得た日本人夫婦の告知に対する意見。久慈直昭, 2002

8 “Zannah’s thoughts” Suzannah Merricks, 2007

9 平成15年度厚生労働科学研究費補助金研究報告書 「配偶子・胚提供を含む統合的生殖補助技術のシステム構築に関する研究」子供の立場からみた配偶子提供に対する意識調査。久慈直昭, 2003

10『話してやってください あなたの子供の大事な物語を』 精子・卵子・胚の提供を受けて生まれた子供への告知のためのガイドブック。岩崎美枝子, 2009

11「生殖補助医療と法~代理母と子供の出自を知る権利をめぐって」 行動記録。 日本学術会議法学委員会, 2009


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